
Photo by Kuni Nakai Written by Kojiro Sawa
「チェックインしたいのですが」
「はい。少々お待ちください。」
レセプションの女性は僕の顔を見るなり、驚いた表情を見せた。
「ジョニー?」
と小さな声で呟いた。
「ジョニー?」
僕は聞きなおした。
「ごめんなさい。何でもありません。お部屋は514号室になります。」
その女性は少し焦ったように応えた。
おそらく誰かと間違えたのだろう。
「どうもありがとう。」
特に気にすることはなく、キーを受け取り、部屋に入った。
まだ体がハワイに慣れていなかったが、シャワーを浴びてすぐに取材先のレストランへと向かった。
翌日、取材先のホテルへと車を走らせた。
レセプションで担当者を呼んでもらうことにした。
「あれ?」
今度は僕が驚いた。
そこには昨日の女性が座っていた。
向こうもすぐに僕に気がついたようだ。
「またお会いしましたね。」
笑顔が魅力的な女性だった。
「実は、2つのホテルで働いているの。ハワイではダブルジョブしている人は多いのよ。トリプルの人も居るんだから。」
彼女は真っ白な歯を見せながら微笑んだ。
「驚いたよ。似ている人がいるものだなって。」
僕も彼女の笑顔に釣られて笑った。
「日本から来たの?」
「そう。旅行雑誌の取材で。これからこのホテルの取材することになっていて。」
「そう。」
「じゃあ、また。」
「ええ。」
僕はなぜだか、また彼女に会える気がした。
取材も最終日を迎えた。
予備日で取材もなく、時間はたっぷりあった。
生憎の雨ではあったが、こんなことは滅多にないので、マノアにある緑に囲まれたカフェでゆっくりすることにした。
テラス席に座り、ソーイラテとバナナブレッドをオーダーした。
雨に濡れている満開に咲いたプルメリアの木々を見ながら大きく深呼吸をした。
いつもは忙しい取材の日々がまるで嘘のように、ハワイの空気を思い切り味わった。
すると、
「また逢ったわね。」
後ろから聞き覚えのある女性の声がした。
「二度あることは三度あるね。」
僕は驚いたと同時に少し喜んでいる自分に気がついた。
「今日取材はないの?」
「今日はオフなんだ。こんなことは滅多にないから、ゆっくりしようと思って。」
「日本へはいつ戻るの?」
「明日。君も今日は休みなの?」
「今日は特別な日だから休みを取ったの。」
「特別な日?」
「ええ。」
彼女がちょっと寂しそうな顔をしたように見えた。
少し沈黙が続いた。
「あ、ごめんなさい。実は、婚約者が居てその人をずっと待っているの。」
「待っている?」
僕は少し意味がわからなかった。
「ええ。付き合っている彼が居て、4年前の今日知り合ったの。彼はハワイ大学のバレーボールチームのセッターで、地元では結構有名人なのよ。ずっと彼のファンだったの。あなたを初めて見た時は正直驚いたわ。ジョニーにそっくりだったから。」
「僕がその彼に?」
「ええ。本当に驚いたわ。」
僕はなんだか複雑な気持ちになった。
「4年前の今日、彼の試合を観に行って、試合後会場の前で、彼のことをずっと待っていたの。彼は私のことは当然知らなかったし、話せる訳でもなかった。しばらく待つと、大雨が降ってきて、とても寒かったけど、どうしても彼をもう一度見たくて。そうしたら、彼が出てきて、ずぶ濡れの私を心配してくれて傘に入れてくれたの。それから彼の車で家まで送ってもらって。夢みたいだったわ。その途中で、満開に咲くプルメリアの木を見つけて彼は突然車を停めて、雨の中外に出て、真っ白なプルメリアの花を一輪取ってきてくれて、私の耳に挿してくれたの。プルメリアの甘い香りが大好きで、満開に咲く季節が毎年楽しみだって言ったの。そんな彼に余計に惹かれて。それから、頻繁に逢うようになり、付き合うことになったの。でもしばらくして彼は、メインランドのチームからスカウトがあって、それで今はカリフォルニアに。別れの日はとても辛かったわ。その日も今日みたいに大雨で。彼と会った時も雨。そして離れた時も。なんだか不思議でしょ?2年後のプルメリアが満開になる季節に結婚しようって約束していたの。ちょうど2年後の12時に大学の前で再会することになっていて。ところが今まで一度も連絡がなくて・・・。」
「一度も?」
僕にはどうしてそんな男を待っているのかが理解できなかった。
「今日がちょうどその2年目なの。友人があるスポーツ雑誌に彼の記事を見つけて。とても活躍しているみたい。だからもしかしたら帰ってこないかもしれないと昨日まで思っていたのだけど、そうしたら今日も雨。なんだか彼が帰ってきてくれそうな気がして。単純でしょ?」
彼女は笑いながら言った。
彼女は空を見つめながらコーヒーカップに手をやった。
その横顔は、待つ女性の強さと、好きな人にしか見せない優しい女性の顔があった。
時計は後30分程で12時を指そうとしていた。
僕は彼が来てくれることを願いながら、残りのソーイラテを飲み干した。
時計が12時を指した頃傘を指した一人の男性の影が見えた。
彼女を見ると、彼女の頬に涙が雨と一緒にこぼれているのがはっきりと分かった。