第5章 きっかけは人違い

Photo by Kuni Nakai     Written by Kojiro Sawa

次のレストラン取材までの空き時間を埋めるために、ふと目に留まった小さなカフェに入った。

どうやら閉店間近のような雰囲気だった。

「お店は何時までですか?」

立っていた店員に尋ねた。

「あと30分後には閉めます。」

「じゃあ、また今度来ますね。」

「何時くらいまでいらっしゃるつもりでしたか?」

その店員はとても感じのいい、韓国系の青年だった。

「17時位までは。」

僕は申し訳なさそうに言った。

「構わないですよ。どうせ店を片付けるのにたくさんやることがあるので、1時間はかかると思います。それまでは居てください。ところでオーダーは何にしますか?」

「どうもありがとう。ソーイラテをひとつください。」

「わかりました。でも、To Goのカップでもいいですか?」

少し申し訳なさそうに彼は言った。

「もちろん。」

彼は事務的な笑顔ではない気持ちのよい笑顔で受け答えをしてくれた。

こういう人に出逢うだけで幸せな気持ちになれる。

そのカフェはこじんまりした洒落た店だった。

どうやら店員は彼1人のようだ。

僕の傍の席には韓国系の女性と、1歳ほどの子どもが座っていた。

すると奥から店を出ようとしている白人男性がその彼女と子どもに声を掛けていた。

ところが、彼女は彼の英語を理解していないように見えた。

そこへ、さきほどの男性店員が、さっと割って入り、流暢な英語で受け答えをしていた。

それから、韓国語で彼女に説明をすると、彼女は愛くるしい笑顔を白人男性に見せた。

3人が家族だということにはその時にわかった。

きっと彼の帰りを待っているのだろう。

彼の紳士的な態度と、彼を待つ妻と子どもの姿を見ていて穏やかな気持ちになった。

やがて店内にいる客は僕ひとりになった。

彼が店の掃除を始めた。

それを見て僕が荷物をまとめ始めると、

「まだいいですよ。」

笑顔でそう言ってくれたので、まだ残っているソーイラテを座って飲みなおした。

それから10分ほどが経ち時間が来たので、お礼を言って店を出た。

ふと立ち寄った店で、ささやかなことではあるかもしれないが、こうした思いがけない素敵な人との出逢いが、ハワイでは多い気がする。

だから来る度に好きになるのかもしれない。

僕は気分のよいまま次の取材先へと車を走らせた。

 

取材を終え、その足で2年ぶりに会うイベットの住むマケナへと向かった。

彼女はインド人とニュージーランド人とのハーフで、15年前に夫であるオーストラリア人のアンドリューとマウイ島に移り住んでいた。

イベットとは彼女をインタビューした時に知り合い、お互いに興味を持っていた環境問題やフェアトレード(途上国の生産者に公正な賃金や労働条件を保証した価格で商品を購入することで、途上国の自立や環境保全を支援する国際協力の新しい形態)の話で盛り上がり、それ以来の友人だ。家につくなり、犬のミニーがはしゃぐように迎えてくれた。

ミニーの鳴き声を聞いて、イベットが出てきた。

「いらっしゃい。変わりないわね。」

大きな瞳を輝かせながらイベットは言った。

「そっちこそ。」

彼女の美しさはいつ会っても変わらなかった。

色の違う花を咲かせた大きな2本のプルメリアの木の前を通り、
庭にある、柱だけで支えられているガゼボと呼ばれるオープンな小屋に案内された。

そこにはコアウッドで出来た丸い大きなテーブルに、籐で出来た椅子が4つと立派なシルバーのバーベキューコンロが置いてあった。

テーブルの上には、水の入ったライトグリーンの透明なガラス製のお皿に、ピンクのプルメリアの花が4輪浮かんでいた。

ひとりで椅子に座り、庭の木々が吐き出す新鮮な空気を味わっていると、イベットがお茶をもってきてくれた。

「ブルーベリーティよ。どうぞ。」

「フェアトレードのもの?」答えはわかっていたが聞いてみた。

「もちろんよ。今着ているこの服もそう。ヨーロッパでは結構当たり前なのだけど、ハワイではまだそこまでは浸透してないみたい。朝目覚めて、フェアトレードのお茶やコーヒーを飲んで、フェアトレードの洋服を着て、生産者のことを思いながら生活していると、感謝の気持ちが持てて、私自身とてもハッピーになれるのよ。」

彼女はうれしそうに言った。

彼女がいつも輝いている理由のひとつだろう。

「あら、まだ頭に砂が付いているわね。今朝もアンドリューとビーチに散歩に行ったからかしら?」

「相変わらず仲がいいんだね。」

「もう20年近く一緒に居るけど、年々彼に対する愛情は増しているのよ。」

彼女は照れもせずに言った。

こっちが恥ずかしくなった。

「とてもステキなことだよ。そういえば2人はどうやって出逢ったの?こんなに会っているのに聞いたことがなかったね。」

「そうだっけ?」

彼女はとぼけたように言った。

そして嬉しそうに話し始めた。

「彼と出逢ったのはクライストチャーチ。小雨の降るある日、街を歩いていたら、誰かが私の後をつけて来ているような気がしていたの。最初は気のせいだったと思ったのだけど、ある花を売っている露店の前あたりで確信して、振り返って、『やめてっ!』と周りの人に聞こえるように大声で言ってやったの。そうしたら、その男が慌ててその場で花を買って私にくれたのよ、間違った名前を言いながらね。」

彼女はブルーベリーティの入ったカップをなでながら、うつむいて微笑んだ。

「その男がアンドリュー。彼が言った名前は、私の双子の姉の名前だったの。それで、私は笑いながら顔は同じだけど違う名前よって説明したのだけど、よく分からなかったらしく、しばらくして気がついたみたいで、本当に驚いていたわ。姉が働くカフェで姉を見て以来、一目ぼれをしたらしく、それ以来、はずかしくてカフェには行っていなかったのだけど、たまたま街で私をみかけて姉だと思って、ずっと付いてきみたいなの。なんだか悪い気がしたから、『カフェでコーヒーでもいかが? 』 って誘ったら、とてもうれしそうにしていたわ。そこで色々な話をしたの。運命って不思議なもので、それからデートを重ねるようになって、今までずっと彼と一緒。姉と彼が先に出逢っていたらどうなっていたかしらって時々想像するの。今は姉も結婚して2人の娘の親なのだけどね。彼女は未だにこのことは知らないの。」

「そんな出逢いだったんだ。それでどうしてハワイに?」

僕は尋ねた。

「何年か経って彼が仕事でハワイに引っ越すことになって、その時はまだ結婚はしていなかったのだけど、私もついてきたの。ハワイには前から行ってみたかったし。」

「君たちの出逢いがそんな運命的で、しかも君が双子だということも知らなかったよ。」

僕はブルーベリーティの入ったカップに口を近づけながら言った。

「じゃあハワイで結婚したの?」

「そう。私の大好きなプルメリアに囲まれた小さな教会で2人だけで式を挙げたの。プカプカと海に浮かぶ本当に小さな教会でね。とてもハワイらしい可愛い教会よ。レイも、ドレスも、ブーケも、香水もすべてプルメリア尽くし。このハワイアンジュエリーの結婚指輪もプルメリアが模られているのよ。ほら見て。」

イベットは少女のような顔をしながら僕に指輪を見せた。

「また知らないことがひとつあったな。君がプルメリアをそんなに好きだったなんて。」

夕暮れ近い空を見ながら2人は可笑しくて笑った。

涼しい風が頬を撫でた時、ミニーがうれしそうに吠え出した。

アンドリューが帰ってきた。

うれしそうに迎えにいく彼女の後ろ姿を見ながら、僕はカップに残ったブルーベリーティの最後の一口を飲んだ。