
Photo by Kuni Nakai Written by Kojiro Sawa
イリカイにあるホテルの取材が初日の取材だった。
PRを担当しているユミに会うのは約2年ぶりだ。
日系人である彼女は、黒髪の美女で、とても品のある女性だった。
待ち合わせの時間より少し早めに着いたのでロビーのソファで待つことにした。
するとユミが黒いスーツ姿でやってきた。
「久しぶり。元気だった?」
「ええ。元気よ。いつも大変ね。到着早々取材だなんて。」
「仕方ないさ。いつもタイトなスケジュールだからね。ロビーの写真と、部屋をいくつか撮影させてもらえるかな。」
「ええ。もう私が居なくても勝手はわかっているから、好きなように撮影していいわよ。」
ユミはいくつかの部屋のキーを僕に渡した。
「ありがとう。じゃあ、30分位かかるから、30分後にロビーで」「OK。じゃあ後でね。」
撮影は順調に終わり、再びロビーへと戻った。
「どう?問題はなかった?」ユミが急ぎ足でやって来た。
「ああ、問題ないよ」「今日はあとどれくらい残っているの。」
「あと4軒レストラン取材がある」「相変わらずタイトね。」
彼女は真っ白な歯を見せて微笑んだ。
「一日位一緒にランチする時間ある?」
「そうだな。明後日の日曜日だったら空いているよ。」
「じゃあ、日曜の13時にまたここで待ち合わせはどう?」
「ああ。分かった。何かあったらこの番号に電話してくれ。」
僕は携帯の番号が載っている名刺を渡した。
「分かったわ。じゃあまたね。」
僕等は日曜日にランチをする約束をして別れた。
ユミと逢ったのは、7年前の夏。
夫のササグはカーペンターである傍ら有名なプロサーファーでもあった。
取材で知り合って以来、ササグとは波乗り仲間だった。
ハワイに来る度一緒に波乗りをするのが楽しみだった。
ある日、「逢わせたい人がいる」と紹介されたのがユミだった。
人懐こい笑顔で、小麦色の肌に真っ白な歯が印象的だった。
彼女もサーファーだった。あの日が来るまでは。
4年前の冬のノースショア。
その日は、25年ぶりに訪れたビッグウエイヴとあって、世界中からサーファーたちが集まっていた。
あるサーファーが潮に流され、行方不明になった。
浜辺ではその奥さんと小さな子供たちが不安そうに彼の帰りを待っている。
正義感の強かったササグは、引き止めるユミをよそに海へと向かった。
幸い、流されたサーファーは救助隊に助けられた。
しかし、ササグは帰らぬ人となった。
それ以来ユミは波乗りを止めた。
僕がハワイに来たる度に、最初にするのが、ササグが亡くなったノースの海にレイを流すことだった。
ササグの念願でもあった自分のサーフショップがハレイワにある。
息子のリョウが継いでいた。
17歳にして、ハワイチャンピオンの実力をもつ地元では有名なサーファーだ。
笑うとササグにそっくりだった。
ユミはリョウが波乗りをするのに反対であった。
また同じことが起きるのではないかという心配と、海に入っている姿がササグにあまりにも似ていたからだった。
13時ちょうどにユミはやって来た。
「せっかく来てもらったのに申し訳ないのだけど、1時間後に急にアポが入ってしまったの。だから、ちょっと簡単に済ませるところでもいい? そこにコンビニがあるのだけど、そこで何か買って、公園で食べない?」
「スパムむすび(スパムを乗せたハワイ風おにぎり)だけはごめんだよ。時間が無い時のお決まりだからね。」
と笑いながら言うと、
「じゃあ、ホットドッグにしましょう。」
「ホットドッグ?」
「結構バカにできないのよ、あそこの。」
「とにかく時間がないから急ごう。」
ホットッドグ2つとジュースを2本買って、アラモアナ・パークの大きなプルメリアの木の下で食べることにした。
「おい、お前のホットドッグ、中身ソーセージだけじゃないか? 味がしないだろう、それじゃ。」
僕はユミのホットドッグを見て驚いた。
コンビ二にあるホットドッグはバンとソーセージ以外は自分でトッピングするものだった。
「うん。でもこれが一番好きなの。週に一度は食べているかな。初めてササグとデートをした時にこれを食べたの。あの人サーフィンばかりしていて、お金無かったでしょ。だから食事というとこればかり。それである時、2人ともお腹が空き過ぎて早く食べたくて、トッピングするのを忘れた時があったの。車に戻って、袋から出したそのホットドッグを見て思わず大声で笑ったわ。本当におかしかった。もちろんとてもお腹が空いていたから、2人ともそんなことおかまいなしに夢中になって食べたけどね。味はしなかったけど、何故だかとても美味しく感じたの。4年前のあの出来事から、あの頃を忘れないように週に一度は食べているかな。食べる度にあの時の彼の笑顔を思い出すの」。
ユミは海の方を見つめていた。
コナウインドになびいた長い黒い髪と手にもったナプキンが揺れていた。
同時にプルメリアの甘い香りが僕らを包んだ。
僕はユミの表情をみて、これからも彼女には幸せでいて欲しいと心から願った。