第12章 大切な人が教えてくれた大切な場所

Photo by Kuni Nakai     Written by Kojiro Sawa

長雨が続いた後の瞬間の晴れ間に現れた虹がとても綺麗だった。

長年の夢だった世界一周の旅を終え、僕はオアフ島に居た。

ここオアフ島を最終の地に選んだ。

スペインに住む友人を訪れ、一緒に食べた本場のパエリア、プルメリアの原産地、メキシコで見たプルメリア、ブラジルの壮大なカーニバル、ケニアで登ったキリマンジャロ、サハラ砂漠で見た蜃気楼、グランド・キャニオンでのキャンプ、歩き疲れた中国の万里の長上、心が洗われたオーストラリアのエアーズ・ロック、行きたかった国を全て見てきたにも関わらず、予想通りという言葉がふさわしいかは定かではないが、ハワイが一番好きだと改めて思えたことが、なんだかとてもうれしかった。

僕はノースにあるビーチ・パークでひとり横たわり、真っ青な美しい空に浮かぶ、動かないちぎれ雲をずっと浮かべていた。

明日12年ぶりのユウイチとの再会をここハワイで果たすことに居てもたっても居られなかった。

ユウイチと出逢ったのは、僕が学生時代にアルバイトをしていた東京銀座のレストラン。

一回りも年が上だが、年齢差関係なく、親友として付き合っていた。

仕事の都合で、彼が日本を離れてから、もう12年が経つ。その間は何度か手紙のやり取りをしたが逢うことはなかった。

僕にハワイという場所を教えてくれたのは彼だった。

ユウイチとは一緒にハワイに何度も訪れた。

僕がヒロに住んでいた時も、僕を訪ねに来てくれた。

忘れられない思い出をいくつも重ねた。

2人でマウイ島にも行った。
“オアフ島を東回りに車で一周する時、暫く右手に大海原を眺めることができる、それは助手席に座る人の特権だ”ということ、

“太平洋の太という文字の点は太平洋のど真ん中に浮かぶハワイだ”ということ、

また、 “ハワイの人は1週間で日本人の一生分の虹を見る”と教えてくれたのも彼だった。

今までの思い出が走馬灯のように駆け巡った。

しばらく仰向けになりながら空を見上げていた。

すぐ横には、ロコと思われる親子が居た。

実に微笑ましい親子だった。

「お母さん4つ葉のクローバー見つけたよ。」

と娘が興奮気味にお母さんに向かって話しかけた。

そして、その4つ葉のクローバーを摘もうとした瞬間、

「ソフィアやめなさい。その子も生きているのよ。それに、また誰かが見つけて、その人も幸せな気持ちになれるかもしれないのだから、そのままにしておいてあげなさい。」

とても優しい口調で娘の目をしっかりと見つめながらその母親は言った。

そこには理想の親子の姿があった。

2人の親子関係がなんだか羨ましかった。

もし、自分にも子どもができたらあんなことが素直に言えるかどうか自信がなかった。

ハワイに住む人たちのアロハス・ピリットを感じた瞬間でもあった。

すると、娘が愛らしい笑顔で僕の方に近づいてきた。

「こんにちは。」

僕から声を掛けると、彼女はちょっと照れて笑いながら、

「こんにちは。」

と答えてくれた。

子どもの笑顔は何ものにも変えられないものだ。

「ごめんなさい。ソフィアこっちに来なさい。」

「いいえ。構わないですよ。子どもは大好きですし。ソフィアちゃんというのですか?いい名前ですね。」

「ありがとう。最近は言うことを聞かなくて。」

実に素敵な親子だった。

「ハワイに住んでいるのですか?」

「いいえ日本です。」

「日本?・・・」

彼女は少し悲しそうな顔をした。

「どうかしましたか?」

「いえ。実はあの子の父親も日本人で。3年前に事故で・・・」

僕は返す言葉がなかった。

「私は英語学校の教師をしていて、彼はそこの生徒だったんです。その頃の私は、前の夫と別れたばかりで、笑うことを忘れていました。この子の父はジョークが大好きで、授業中ジョークばかり。最初はそんなこともあって、彼の事あまりよく思っていなかったんです。でもある時、私もいつのまにか彼のジョークに笑っていて。私に笑顔を取り戻してくれたのは彼でした。それから、お互い惹かれ合ったのだけど、生徒と教師という関係だったから、彼が卒業するまで待って、それからデートを重ねるように。そして、5度目のデートでプロポーズされて。それから結婚生活が始まりました。でも幸せだった生活も束の間で、ある日、ワイキキを2人で歩いていたら、小さい女の子が車道に飛び出して、主人がその子を救おうとして、代わりに・・・。あの人らしい最後でした。その後だったんです、ソフィアがお腹に居るってわかったのが。だからソフィアは父親には会ったことがないんです。私1人で育てるのは正直楽ではないけれど、あの人のためにもしっかり育てないといけないって、いつも思っているんですけど。教師の私が言うのもなんですが、勉強なんて出来なくていい。ただ純粋な心の持ち主になって欲しい、それだけです。」

彼女の我が子を見つめる眼差しは強く、そして美しかった。

「ごめんなさいね。変な話をしてしまって。」

まっすぐな素敵な女性だった。

「いいえ。きっとご主人も天国で喜んでいると思いますよ。ソフィアちゃんはとても綺麗な心をもった魅力のある子だと思います。」

ソフィアが落ちていた黄色いプルメリアの花を持ってきて僕にくれた。

「どうもありがとう。」

ソフィアは笑った後、お母さんの膝下へしがみついた。

「ソフィア行こうか。」

「うん。」

「それでは。またどこかで。」

僕はいつまでも2人の後ろ姿を見つめていた。

またどこかで会える気がした。

右手にもった大好きなプルメリアの花を鼻に近づけた。

デリケートで、ほんのりと甘くて、時おり檸檬のような香りを放ち、そしてすぐに消えていく。

再び鼻に近づけると、その香りは、誕生日、卒業式、夏の休暇、空港、裏庭でのバーベキュー・・・さまざまな香りがした、

でもやはりその香りはプルメリアだった。

空は濃いオレンジ色から薄い紫色へと色を変え始めようとしていた。

もうすぐユウイチと逢える。大切な人が教えてくれた大切な場所で。