
Photo by Kuni Nakai Written by Kojiro Sawa
僕は波乗りを終え、遅めのランチを摂りにカハラ・モールへと向かった。
空は曇り始めて、シャワーが来そうな気配だった。
大好きなコリアンバーベキューのプレートランチを食べ終えひと息ついた。
隣の席ではロコと思われる女性が、コーヒーを飲みながら読書をしていた。
食べ終わったプレートランチの入れ物を近くのゴミ箱に捨てようとした時、その隣にいた女性が、話し掛けてきた。
「突然ごめんなさい。私の名前はクリスティ。あなたロコ?」
僕は突然の問いかけに少し戸惑った。
「いいえ、仕事で日本から来ています。」
目の前に立つ、大らかな人柄のなかにも真の強さを兼ね備えた、その女性に僕は圧倒されていた。
「よくプレートランチを食べるの?」
指先まで綺麗に手入れをされている手で、長い髪を後ろに掻き分けながら女性は質問した。「ええ。特にここのコリアンバーベキューが大好きで。」
僕には彼女の質問の意図が全くわからなかった。
「私も以前は大好きでよく食べていたわ。ある現実を知るまではね。」
「ある現実?」
「そう、とてもショックな現実。だってプレートランチと言ったら、ハワイの代名詞みたいなものでしょう?ロコだったらみんな一度は必ず食べているはずよ。それが地球を破壊に導いているなんて知ったら、もう食べることはできないでしょ」。
「地球を破壊?」
ますます僕は分からなくなった。
その時、屋根の上に雨のしずくが当たる音がした。
どうやらシャワーが来たようだ。
「少し話しを続けてもいいかしら?」
彼女は少し申し訳なさそうに言った。
「ええ。」
夕方まではスケジュールが空いていたので少し話を聞くことにした。
「あなたは、食べ終えたプレートをゴミ箱に入れたわよね、その後そのプレートたちがどうなるか考えてみたことはある?」
「いいえ。」
今までそんなことを考えたことはなかったし、何を言っても違う気がしたのでそう答えた。「そうよね。普通は考えもしないわよね、そんなこと。私もそうだった。ゴミ箱に捨てるのは当たり前だけど、最悪なのは道端や海に捨てる人たち。あれは見ていられないわ。あなたの国から来ている観光客の中にもたくさんいるわよ。」
彼女は意地悪そうに笑みを浮かべ、そして話を続けた。
「ゴミ箱に捨てられたゴミは、ワイマナロ渓谷にあるゴミ埋立地に捨てられるか、またはメインランドに船で運ばれるの。それらのゴミはもう何年もの間そこに埋められていて、これらの資金は我々納税者の税金で賄われていているのよ。現在、太平洋には、100万トンと言われているプラスティックが浮いているの。信じられる?」
「想像付かない量だ。」
「ええ。それを私達は、『Great Pacific Garbage Patch』と呼んでいるのだけど、ハワイ諸島を北に数百マイルほどいったところに、この世界で最も大きなゴミの島があるの。大陸ほどにもなるわ。しかもそれは今この瞬間にもどんどん大きくなっている。ハワイでは至る所に、プラスティックがあるわよね。特にプレートランチのカルチャーは絶大な影響よ。」
シャワーは激しさを増してきた。
雨のことなど気にもせず、クリスティは真剣な顔で話を続けた。
「この事実を教えてくれたのが、私の夫。彼は以前私の波乗りのコーチやっていて、それをきっかけに結婚したの。その傍ら、環境問題に取り組む団体に所属しているの。自分が愛しているハワイの海の現実を知って、居ても立ってもいられなくなったみたいで、その団体に入ったの。今では、私もその団体に入って、彼と一緒にハワイを中心とした環境問題に取り組んでいるわ」。
ハワイは誰が見ても楽園だろう。だがその裏で起きている現実を知る人は残念ながらごく一部だ。いつもの何気ないハワイでの時間のはずだったが、どうにもならない気持ちに駆られた。
「僕らにできることって何かあるのですか?」
「まずはこの現実を知ってもらうこと。それと何よりも島の住民やツーリストが海をいつまでも綺麗なままにしておきたいという気持ちが一番大事。プレートランチを食べるなということは出来ないしね。」
真剣だった彼女の顔が少し和らいだ。
「今私達が取り組んでいるプロジェクトで、プラスティックではなく、コーンスターチや砂糖きびから取れるバガッセと呼ばれる醗酵ガスから出来たコンテイナーを海外から輸入して、ハワイのホテルやレストランでそれらを使ってもらえるよう呼びかけているの。これらのコンテイナーはプラスティック製と違って、埋める時に細かく砕く必要もなく、自然に土に返るようになっていて、1週間ほどでなくなり、土の肥料として役に立つものなの。こうした無害な物質に分解されるコンテイナーだけでなく、スプーン、フォークやコップなども開発されているのよ。」
まだまだ自分の知らない世界があることを実感するばかりだった。
「今ハワイにはたくさんのナチュラルフードのレストランなど環境問題に取り組んだショップがあるでしょ。そのなかで、何軒かすでに契約してもらったし、この前はハワイ島にあるホテルが契約してくれたわ。だけど、まだまだ道のりは長いわ。気が遠くなりそうよ。」
クリスティは少し笑いながら言った。
いつの間にか小雨になっていた。
僕もハワイを愛する1人として、ハワイと地球の明るい未来を心から願った。
「まだまだハワイの人たちはこのプラスティック中毒に掛かったままね。このとてつもなく大きくて難しい問題を解決するには、小さな道から切り開いていくことしかできないけど、誰かが動き出さないといけない。これから地球を担う子どもたちのためにもね。」
何気ないいつものハワイでのひと時が、ハワイの知られざる現実を知る時間となった。
彼女が去った後も少し呆然と空を見上げていた。
シャワーは通り過ぎ、夕暮れの空には大きなレインボーが掛かっていた。