第3章 ドリーム・キャッチャー

Written by Kojiro Sawa

6時間のフライトを終え、満員のWikiWiki Busに乗ると、車内は疲れ切った表情をした観光客たちばかりで、独特な雰囲気に包まれていた。

今回は何事も無くイミグレーションを通過できた。

専用のシャトルバスに乗り、レンタカーのカウンターへと向かった。
コンパクトカーを予約していたが、空きがないらしく、同じ値段でいいからと言うのでワンランク上の車を借りた。1人には充分過ぎる大きさだった。
窓を全開にして、風の匂いを感じながら、ラジオをFM105.1にチューニングしてH1を走り抜ける、この瞬間がたまらない。

チェックインまでの時間、翌日の結婚式に着るためのアロハシャツを調達しにカイムキへと向かった。
ユーズドだったが、すぐにお気に入りのものが見つかった。
着飾る必要のないハワイでは充分な代物だった。

 チェックインを済ませ、シャワーを浴び、昼寝をした。ふと目が覚め、手を伸ばし、厚手のカーテンを開けると、空はオレンジ色に染まりかけていた。
少しお腹が空いてきたので、すぐに着替えを済ませ、車のキーを取って部屋を出た。

食事を終え部屋に戻り、冷えたビールを飲もうとしたが、まだ3分の1ほどしか体にハワイが染み込んでいないせいか、いつもより早くベッドに入ることにした。

 翌朝、波の音で目が覚め、いつもより濃い目に淹れたコーヒーを持ってラナイ(ベランダ)に出ると、真っ白な鳩が2羽遊びに来ていた。
彼女たちと大きなアーチを描いて海に掛かっている虹をしばらく眺めながら、今回式を挙げる親友のジュンイチと夢を語り合った時のことを思い出した。
ジュンイチの夢は結婚して幸せな家庭を築くことだった。
平凡な夢かもしれないが、その夢をもうすぐ叶えようとしている。
その時僕は、いつかハワイに住みたいと言ったが、未だにその夢は叶えられていない。
なんだか外出したくなったのでホテルを出た。

式は夕方からだったので、普段歩かないワイキキの街を1人で散歩してみることにした。
しばらく朝の続きを考えながら歩いていたら、アラモアナまで来てしまった。
天気もよかったし、鈍っている体に喝を入れ、ワード辺りまで散歩して帰ることにした。

渇いた喉を癒すためにワードにあるショッピングセンターで飲み物を調達して、ひと息ついたその時、客の居ない小さな店が目にとまった。
吸い込まれるように店内に入ると、最初に目に飛び込んできたのは丸い小さな木箱のようなものだった。
店員に尋ねてみるとハワイアン・ドリーム・キャッチャーだと言う。

ドリーム・キャッチャーと言えば、クモの巣のようなネイティブ・アメリカンのお守りが一般的だ。カリフォルニアの田舎町を訪れた時に、なんとなく入った観光客とは無縁の薄汚れた店で、初めてそれを目にしたのを思い出した。長い白髭の店員に「夢が叶うぞ」と薦められたが、そんなものは信じないと一笑した。今思えば何も知らないただの生意気な若者だったのだろう。

手に取ったそれは、直径4センチほどの丸い木箱で、蓋にはハワイを彷彿させるデザインが彫られていた。中に入っている黄色い小さな紙に夢や願いごとを書き、箱の中に念じて入れて、枕もとに置くと夢が叶うというものらしい。夢が叶う
僕は自分の夢を思い返していた。
すると「私は夢が叶ったわよ。でもそれだけで叶うなんて思ったら甘いわ。運とそれに夢に向かう努力も必要よ」。
美しく年を老いた店員が、豊富な白髪を左手で後ろに掻き分け、ウインクをしながら微笑んだ。
そんなことは充分に分かっていた。努めてその店員に笑い返し、そしてドリーム・キャッチャーを2つ手にとった。

 式は夕暮れ時にカカアコにあるビーチ・パークで行われた。

チェペルも何もない公園には僕等のほかに誰もいなかった。
小高い丘の上には、神父と数人の参列者だけが、沈みかける太陽の光を真後ろから浴びて、シルエットとして写し出されていた。
濃いオレンジ色に染まった夕空と、それに合わせて移り変わる海と、心地よい風も2人を祝福した。
わずか20分ほどの短いセレモニーだったが、今まで出席したなかで最高のものだった。
幸せそうな2人は参列者1人1人に笑顔で挨拶を交わし、最後に僕のところにやって来た。「本当におめでとう。」

素直にそう思えた。

「ありがとう。」

次第に濃くなっていく黄昏のなかで幸せそうなジュンイチの顔がはっきりと見えた。

「学生時代に言っていたお前の夢覚えているか?

と尋ねると、ふいを突かれた質問に少し戸惑いながら、

「ああ、覚えているよ。もうすぐその夢が叶う。」

と少し照れた表情見せジュンイチは言った。

これからはパートナーと2人で新しい夢を持って生きて欲しいと、ポケットに入れていたドリーム・キャッチャーをジュンイチに渡した。

「次はお前が叶える番だな。」

ジュンイチは僕の目を見つめて言った。

僕はポケットに入っているもうひとつのドリーム・キャッチャーを強く握りしめ、上空を見つめながら頷いた。

そしてジュンイチが手を差し伸べて言った。

「いつかまたハワイで会おう。」

「ああ。」

彼の手を強く握った。

瑠璃色に染まった空には、たくさんの夢と希望を乗せた飛行機が、黒い影となって空高く飛んでいた。