
Photo by Kuni Nakai Written by Kojiro Sawa
雲ひとつない青空の下、カピオラニ公園では、少年達が野球を楽しんでいた。
マックはその光景を微笑ましく見つめていた。
「もし良かったら、彼等と一緒に撮影してもよいかな?」
彼の質問に僕は一瞬とまどった。
今回マックを掲載する連載のインタビュー記事では、本人以外の人物写真を載せたことがなかったからだ。
しかし、そんなことはとてもくだらないことだと、彼の真剣な眼差しを見たらそう思えた。
「もちろん。」
僕はとっさに応えた。
彼はウインクをして、微笑んだ。
自ら子供たちの元へ走って行った。
向こうからは歓声ともよべる声が沸き起こった。
ハワイアンのマックは、日本のプロ野球チームで活躍する、ハワイの英雄だ。
メジャーリーグでの経験もあり、今では日本でも英雄である。
今回はマックの申し出で、日本ではなくハワイでのインタビューとなった。
今回は彼のインタビューともうひとつ大切なことのためにハワイにやって来た。
この時は、彼があの時の少年だったとはまだ知らなかった。
子供達は大はしゃぎだった。それを見てマックも笑顔を絶やさない。
キラキラと輝く太陽が、彼等の笑顔を余計にまぶしく見せた。
カメラマンも楽しそうに撮影に挑んでいる様子だ。
撮影終了後、マックは子供達ひとりひとりにサインをしていた。
「彼等は僕の夢でもあるんだ。将来ハワイから1人でも多くのすばらしいベースボールプレイヤーが誕生してほしい。僕は貧しい家庭で育った。勉強は全くといっていいほどできなかったけど、人一倍パワーがあった。それを活かして僕はこうして野球で生活できるようになった。だから、彼等にも夢をあきらめないで欲しいんだ。ある時、僕のファンだと言う少年に僕が彼のヒーローだって言われたことがあってね。ちょっと驚いたよ。でもとてもうれしかった。」
僕は少年のような彼の表情に見入ってしまった。
“気の優しい力持ち”という言葉が似合う男だ。
「もう今日はこれでいいかな?今回のインタビューは楽しかったよ。どうもありがとう。」
シャカ(親指と小指をたてて軽く振るハワイの挨拶)をしながら言った。
「こちらこそ、どうもありがとう。あなたに会えてよかった。」
僕等はしっかりと握手を交わした。
マックはそのまま、少年達と野球を始めた。
偉大なプレイヤーだが決しておごることなくアロハ・スピリットを忘れていない、正真正銘の“ヒーロー”だ。
翌日、僕はヒロ国際空港へと向かった。
ヒロらしく雨が出迎えてくれた。
レンタカーを借て、懐かしい道のりを通り、10年前に住んでいた家へと車を走らせた。
白く塗られた木造2階建ての家は当時のままだった。
裏に住むランドロード(管理人)のMs.タノウエを訪れた。
ベルを鳴らすと、すっかりやせ細ったMs.タノウエが迎えてくれた。
「よく来てくれたわね。」
気丈に振舞う彼女に強さを感じた。
「この度はご愁傷様でした。とても残念です。」
「とりあえずおあがりなさい。」
小さくなった彼女の背中が全てを物語っていた。
部屋には、ユニフォームを来たMr.タノウエの写真とたくさんのレイが飾られていた。
「お葬式に間に合わなくてどうもすみませんでした。」
「いいのよ、こうして来てくれたのだから。あの人もきっと喜んでいるわ。」
僕等はしばらくMr.タノウエの思い出話をした。
そしてどうしても忘れられないある話をし終えた頃に玄関のベルが鳴った。
Ms.タノウエが驚く声を耳にして、同時に玄関に目をやると、そこに立っている体の大きな男を見て僕も驚いた。
マックだった。
彼がハワイでの取材を希望した理由のひとつがこのことだったのかもしれないとその時気が付いた。
彼も僕に気が付き、少し驚いた表情を見せたが、すぐにMr.タノウエの遺影に向かい、祈りを捧げた。
涙をこらえることなく思い切り泣いていた。
あれは12年前、リトルリーグ全米No.1を決める決勝戦だった。ハワイ州選抜対カリフォルニア州選抜というカードだった。
その年の会場がオアフ島ということもあり、僕もハワイ島から応援に行った。
ハワイ州初の全米No.1が掛かった大事な試合でもあった。
前日に、ハワイ州選抜の監督だったMr.タノウエは興奮しながら、今回は何かが起こるとしきりに言っていた。
あの時の表情は今でも忘れない。
試合当日、スタンドは満席。
当然ハワイ州チームの応援が圧倒的に多く、相手チームが少し可愛そうになったのを覚えている。
試合は4対1、カリフォルニア州の3点リードのまま9回の裏に突入。
ベンチに座るMr.タノウエの表情は変わらぬままだった。
簡単にツーアウトを取られ、誰もがあきらめかけていた。
さらに小雨が振り出し、会場のムードは一気に下がっていた。
選手を始め観客もが嫌な雨だと感じていた。2人の男を除いては。
打順は1番から。
なんとか粘ってファーボールを取った。
盗塁を決め、ツーアウトランナー2塁。
2番バッターはデッドボール。
3番バッターが18球粘った末、レフと前ヒット。
あっという間に満塁になった。だが、観客の誰もが不安を隠せなかった。
何故なら、次の4番バッターはその日はノーヒットだったからだ。
それでも、彼がバッターボックスに立つと、会場が1つになり、彼を応援した。
それも虚しく、あっけなくツーストライクを連続で取られてしまった。
誰もが終わったと思ったその時、Mr.タノウエはタイムを取り、彼の元へと向かった。
そして耳元で何かささやくとすぐにベンチに戻った。
球場一体が緊張に包まれた。
彼はバッターボックスに立ち、左胸に手をやり、目を瞑り大きく息を吸いながら天を見あげた。そして、Mr.タノウエを見つめ大きくうなずいた。
それを見て、Mr.タノウエも大きくうなずいた。
そしてピッチャーが懇親の力を込めて3球目を投げた。
鋭くバットを振りかぶり、大きな打球音と共に、ボールが空高く舞い上がった。
打球はゆっくりと弧を描き、そのままバックスクリーンへと飛んでいった。
申し分のない特大逆転サヨナラ満塁ホームランだった。
会場は一瞬沈黙に包まれた。
次の瞬間一気に沸き上がった。
彼は、頬を伝わる涙をぬぐいながらゆっくりと一塁一塁踏みしめるようにホームベースへと向かった。
テレビでも放映されていたが、その時の解説者は35秒間沈黙をして、この会場の声援だけを視聴者に聞かせた。その時の実況は今でも伝説になっている。
その時空には大きなレインボーが掛かっていた。
ホームベースではMr.タノウエと他のナインが彼を見守る。
彼はMr.タノウエのところに向かい抱きついた。
それをチームメイトが囲み歓喜に沸いた。
4対5の見事な逆転勝利で、ハワイ州選抜は見事初の全米No.1に輝いた。
翌日のローカル新聞の朝刊は挙ってこのニュースをトップページで伝えた。
ハワイ中が沸きに沸いた。僕もあの時の感動は今でも忘れない。
「あの日がなければ、今の僕は居ません。」
マックは小さな声でつぶやいた。
「あの人も、あの日が人生最大の日だって言っていたわ。自分が叶えられなかった夢をあなた達が叶えてくれたのだからね。」
「僕等だけの力ではないです。監督を含め、それを支えてくれたみなさんのおかげです。」
「そうね。」
Msタノウエは頬に伝わる涙を拭いた。
「あの人は最後まで教えてくれなかったけど、あの時あの人はあなたになんと言ったの?」
Msタノウエは質問した。
「最後の打席の時ですか?」
マックは少し戸惑いながら、Mr.タノウエの写真をみつめた。
そしてようやく口を開いた。
「実はあの時監督は僕の手を強く握ってくれただけで、何も言いませんでした。監督の手も震えていたんです。でも監督が何を言おうとしたかは分かっていました。僕等にしか分からない空気がそこにはありました。きっと監督もものすごく緊張していたのでしょう。監督でも緊張するのだと驚いたのと同時に、自分がなんとかしなくてはという気持ちになりました。」
「そうだったの。なんだか羨ましいわね。あの人は最後まであなたたちのことばかり考えていたからね。」
Msタノウエは寂しくそして嬉しそうな顔を浮かべた。
「監督は僕にとっての永遠の“ヒーロー”です。」
マックは、持ってきた日本シリーズ優勝のメダルを遺影の前において、Mr.タノウエの写真をじっと見つめていた。その横顔はあの少年時代に戻ったようだった。